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映画『新しき世界』  アウトサイダーが作る「新世界」 ―結論

結論

 

 映画『新しき世界』では、ヤクザの権力争いの中で、旧世代と新世代の衝突の果てに、韓国華僑の集団・北大門組という韓国社会にとっての第三者である若き異邦人の集団が勝利をおさめます。そして、北大門組の一人、潜入捜査官のイ・ジャソンは「父」なる警官と、「兄」であるヤクザの間で揺れ動き、息子や仲間の死、「父」の弱体化を目の当たりにし、「兄」の無条件の愛に触れることで、「父」を殺すに至り、最後には会長という頂点に上り詰めます。そこに至る登場人物の心情の変化が、マジョリティーの韓国人ヤクザであるジュングとチョン・チョンやジャソンが対照的に描かれることにより、様々な演出で巧みに表現されています。

 これは二つの世界で揺れ動いたが故にどちらにも完全には所属できなかった、孤独なアウトサイダーである主人公が「兄」から無償の愛を受け、ありのままの自分を肯定されたことでより強い人間として生まれ変わり、権力を得て仲間と共に旧来の体制を破壊する物語でもあります。

 この孤独なアウトサイダーは、本作の監督であるパク・フンジョンの分身であると私は考えています。

 二つの世界で揺れ動く主人公というのはパク・フンジョン作品によく使われる主題です。『悪魔を見た』の主人公は、人を殺すのを何とも思わない「怪物」と良心を持った「人間」の狭間で揺れ動き、『生き残るための3つの取引』で主人公は出世欲と人情の間で揺れ動きます。

 パク・フンジョン監督はインタビューで映画業界のシナリオ作家、及びスタッフの待遇の悪さと、当時の副業について語っています。

「実際映画で食べていけるようになってから、まだ5、6年ほどです。一時期やめようと思ったこともありましたが、ホームレス同然の人間なんて映画現場ではざらでした。」

「それで代わりに漫画ストーリー作家として2年ほど仕事をすることになったのです。(中略)映画の場合、シナリオ作業をたくさんしたものの、お金を受け取った記憶がありません。漫画の方は金額の大小に関わらず、約束した日に約束どおりの金額が通帳に入ります。ある時は、あらかじめお金が入っていました。支給日が土曜日であるにも関わらず、金曜日に入金されていたので驚いて、「なんでお金が入ってるんですか?」と、電話をかけたら「明日が週末なので送金しました」と言われ、そのときは本当に感動しました。漫画の仕事をしながらも、シナリオは書き続けていました」*1

 映画への情熱と現実的な生活の間で揺れ動いた彼自身の苦悩が、映画の中で表現されているのかもしれません。

 最終勝利者は、暗黒街のマジョリティーであるイ・ジュングでも、北大門組の元組長のチョン・チョンでもなく、捜査官であるがために北大門組にすら終盤まで所属できなかったイ・ジャソンです。これにはパク・フンジョンの「より強い孤独に耐えた者だけが、生き残り、旧い体制を打壊すことができる」という、メッセージが読み取れます。

 実際、パク・フンジョンもアウトサイダー的側面を持った人物であると言えます。彼は二つの大学に通い、軍隊にも入りましたが、どれもしっくり来ず最終的には大学中退という道を選んでいます。*2また、パク・フンジョンは映画学校には入らず、独学でシナリオの勉強をしました。韓国の学歴社会の苛烈さは前述の通りですが、それは映画業界も例外ではありません。*3映画業界でシナリオ作家としてキャリアを始め、初の監督作品が公開したのが39歳の時です。[1]これは並大抵の苦労ではなかったことでしょう。

 ジャソンがチョン・チョンに存在そのものを肯定された時、ジャソンの心の動きを通して、観客である我々自身もありのままの自分を受容される感動を味わうことができます。監督が肯定したかったのは、おそらく己自身です。

 作者本人の感情が伴わないものに深い感動はあり得ません。観客の一人である私が、この映画に惹かれて止まない理由は、おそらくパク・フンジョン自身の苦悩と無償の愛で肯定されそこから解放される感動が、ジャソンとチョン・チョンらキャラクターの姿を通して画面に映り込んでいることにあります。


 第一章では、現代韓国社会の家族の崩壊と変容について言及して来ましたが、この映画に煙草を吸っている女性はいません。これは、北大門組のような異邦人の新しい「家族」も、新しい父系集団の一形態に過ぎないからです。拷問にかけられてすら自分の職務をまっとうし口を割らなかった捜査官のシヌも、カン課長から遣わされたスパイでありながらジャソンを愛するようになった妻のジュギュンも、煙草を吸うショットは一度もありません。

 新しいリーダーとなったジャソンの作る「新世界」では彼女たちの立場はどうなっていくのでしょうか。後日譚としての続編があればそのことにも注目して考察していきたいと思います。

 

 カン課長、コ局長という自分の正体を知る警官二人を殺害させたイ・ジャソンは、ゴールドムーン社の会長になります。この会議でジャソンはライターとランボルギーニの赤い煙草のパッケージを堂々とテーブルに置きます。

 そして、会長席でチョン・チョンに託された自分が警官である唯一の証拠を燃やし、ビルの高みから外を見下ろしながら、深々と煙草を吸うのです。

 ゴールドムーン社の会長という高みで、ジャソンが回想するのは二人の人物との思い出です。

 一つは10年前のカン課長との出会い。パトカーの中で制服を着たジャソンに、カン課長は「俺と仕事をしよう」と言って警官としての彼の調査書を丸めて窓の外に捨てます。

 もう一つは、前述の6年前の麗水です。敵対する組織への殴り込みに、チョン・チョンとたった二人で出向いたジャソンは、返り血を浴びてチョンと煙草を分け合います。ライターはつきません。しかし、ライターを捨てたジャソンは、火のついてない煙草を噛み、歯を見せて笑います。それも悪くないというように。

 ジャソンは確かにチョン・チョンにより存在そのものを肯定されるという経験をしました。しかし、警官とヤクザ、双方の自分を知っていた「父」のカン課長は自分が殺し、息子は不慮の事故で失い、「兄」チョン・チョンはカン課長とジュングの手下によって殺されました。会長イ・ジャソンはたった一人で権力の高みに座っています。「兄」とのかつての輝くような記憶を抱いて、いっそう孤独に生きていくのです。

*1:『dongA.com』‘신세계’감독박훈정 “정치하는깡패들통해권력이뭔지묻고싶었죠”

http://news.donga.com/Main/3/all/20130321/53883586/1 (アクセス日 2014年9月8日)

*2: 『dongA.com』‘신세계’감독박훈정 “정치하는깡패들통해권력이뭔지묻고싶었죠”

http://news.donga.com/Main/3/all/20130321/53883586/1 (アクセス日 2014年9月8日) 

*3:『 livedoor News』韓国映画初のベネチア金獅子賞受賞、キム・ギドク監督『ピエタ』日本公開決定! http://news.livedoor.com/article/detail/7167995/ (アクセス日 2014年9月9日)