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映画『新しき世界』  アウトサイダーが作る「新世界」 ―序論

映画『新しき世界』  アウトサイダーが作る「新世界」

 有狩(あるかり)

 

 

 

 現在、日本は様々な問題を抱えています。広がる貧富の差、若者の貧困、ブラック企業高齢化社会、年金システムの危機、解消しない低い出生率、思うように進まない女性の社会進出。我々は常に強いストレスとプレッシャーに晒されています。現代に生きる我々が抱く日本の未来とは決して輝くような明るいものではありません。

 日本の自殺率は先進国の中でも非常に高く、2010年度には全死亡原因の内24.9%*1という数字を示しています。しかし、そんな日本よりも更に高い自殺率を示す国がありました。お隣の国、韓国です。

 2010年、韓国の自殺率はWHO統計で世界一位となりました。全死亡原因の内自殺の締める割合は、31.9%。*2日本の24.9%を上回っています。

 このニュースを知った時、私は驚きを覚えました。韓国で何が起こっているのでしょうか。韓国に生きる人々は我々と同じ、もしくはそれを上回るような強いストレスと抑圧の中で生きているのでしょうか。

 そんな時代の韓国でパク・フンジョン*3監督作品、映画『新しき世界』*4は作られました。

 この映画は重苦しいトーンに包まれています。青みがかった画面の色調、暗い色のスーツを着た男たち、警官とヤクザの間で引き裂かれ苦悩するジャソンの表情のアップ、空を覆う灰色の雲、そして激しい雨。

 私は、映画を包む重苦しさは、監督パク・フンジョンが捉えた現代韓国社会の空気なのではないかと考えました。

 主人公イ・ジャソンは警官でありながら犯罪組織に潜入している捜査官です。警官であるジャソンは長い潜入期間に、だんだんとヤクザの世界に染まっていきます。彼は警察、ヤクザという二つの組織、そして、警官の上司カン課長とヤクザの兄貴分チョン・チョンという二人の人間の間で悩み、揺れ動きます。 最終的に、彼はヤクザの世界で生きることを選び、犯罪組織ゴールドムーンの会長に就任します。 犯罪組織内のライバル達、そしてジャソンが潜入捜査官であることを知るカン課長までも葬り去って。

 ジャソンは韓国華僑という韓国社会のマイノリティーです。そのジャソンが、マジョリティーである韓国人のイ・ジュングを差し置いて最後の勝利者になります。

 ジャソンがその決断に至る際に、重要なシーンがあります。それは、重症を負ったチョン・チョンとの病室での今生の別れです。*5

 私はこのシーンに映画そのものの印象を覆されるようなカタルシスを感じました。そして、おそらくこのカタルシスの理由こそが、ジャソンがヤクザの道を選ぶに至った理由であり、この映画の中核を成す部分ではないでしょうか。

 第一章では、変わり行く現代韓国社会の現状を父系家族という観点から説明し、警察と北大門組―そしてカン課長とチョン・チョンという人物の対比から、新しき世界で描かれる世代交代の構造を説明します。

 また、第二章では、煙草の演出から二つの組織の間で揺れ動くジャソンの心の動きと決断に至る理由、そして何故韓国華僑というマイノリティーであるジャソンがゴールドムーンの会長になったのかを解き明かしたいと思います。

*1: 『平成22年中における自殺の概要資料』警察庁生活安全局生活安全企画課 http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/H22jisatsunogaiyou.pdf を参照(アクセス日、2014/6/13) 

*2: 『nocutnews』「1일평균 42.6명자살 OECD 1위…한국 ''자살공화국'' 불명예」http://www.nocutnews.co.kr/news/872972 (アクセス日 2014年3月21日) 

*3:パク・フンジョン監督

高校卒業後、映画監督を志すも、方向転換し脚本家を目指す。映画学校に通うことなく独学で脚本を書く。2008年頃書いた2本のシナリオがそれぞれキム・ジウン監督作『悪魔を見た』(2010)、リュ・スンワン監督作『生き残るための3つの取引』(2010)として映画化され、注目を集める。

初監督作品は日本未公開の時代劇『血統(原題)』(2011)。2作目の監督作品となった本作『新しき世界』(2012)は韓国で470万人動員の大ヒットを記録。第34回清流映画賞監督賞、第50回大鐘賞監督賞、第49回百想芸術対象映画部門 新人監督賞にノミネートされる。

高校卒業後、映画監督を志すも、方向転換し脚本家を目指す。映画学校に通うことなく独学で脚本を書く。2008年頃書いた2本のシナリオがそれぞれキム・ジウン監督作『悪魔を見た』(2010)、リュ・スンワン監督作『生き残るための3つの取引』(2010)として映画化され、注目を集める。

 

初監督作品は日本未公開の時代劇『血統(原題)』(2011)。2作目の監督作品となった本作『新しき世界』(2012)は韓国で470万人動員の大ヒットを記録。第34回清流映画賞監督賞、第50回大鐘賞監督賞、第49回百想芸術対象映画部門 新人監督賞にノミネートされる。

 

高校卒業後、映画監督を志すも、方向転換し脚本家を目指す。映画学校に通うことなく独学で脚本を書く。2008年頃書いた2本のシナリオがそれぞれキム・ジウン監督作『悪魔を見た』(2010)、リュ・スンワン監督作『生き残るための3つの取引』(2010)として映画化され、注目を集める。

初監督作品は日本未公開の時代劇『血統(原題)』(2011)。2作目の監督作品となった本作『新しき世界』(2012)は韓国で470万人動員の大ヒットを記録。第34回清流映画賞監督賞、第50回大鐘賞監督賞、第49回百想芸術対象映画部門 新人監督賞にノミネートされる。

*4:

『新しき世界』原題:신세계、英題:NEW WORLD

2012年/韓国/韓国語・中国語/134分/カラー/デジタル/スコープ/PG12/日本語字幕植木理恵/提供・配給:彩プロ/宣伝:ムヴィオラ

エグゼクティブプロデューサー:キム・ウテク/制作プロデューサー:ハン・ジェドク、キム・ヒョンウ/監督・脚本:パク・フンジョン/プロデューサー:パク・ミンジョン/撮影:チョン・ジョンフン/照明:ペ・イルヒョク/美術:チョ・ファソン/録音:チョン・グン/編集:ムン・セギョン/音響:キム・チャンソプ/音楽:チョ・ヨンウク/特殊効果:DEGITAL IDEA/衣装:チョ・サンギョン/メイクアップ:キム・ヒョンジョン

キャスト:イ・ジャソン(イ・ジョンジェ)/カン・ヒョンチョル課長(チェ・ミンシク)/チョン・チョン(ファン・ジョンミン)/イ・ジュング(パク・ソンウン)/シヌ(ソン・ジヒョ)/コ局長(チュ・ジンモ)/チャン・スギ理事(チェ・イルファ)/ヤン理事(チャン・グァン)/殺し屋(キム・ビョンオク)/オ・ソンム(キム・ユンソン)/ヤン・ムンソク(ナ・グァンフン)/ハン・ジュギョン(パク・ソヨン)/パク理事(クォン・テウォン)/キム理事(キム・ホンパ)/ソク・ドンチュル会長(イ・ギョンヨン)

劇場用パンフレットを参照。

「あらすじ」韓国最大の犯罪組織ゴールドムーンの理事であるイ・ジャソン。犯罪組織の幹部である同じ韓国華僑の兄貴分、チョン・チョンの右腕として働いている。しかし、ジャソンの正体は、カン課長に潜入捜査を命じられた警察官だった。彼の正体を知るのは、カン課長、連絡役のシヌ、コ局の三人だけである。長年に及ぶ潜入捜査に、ジャソンの心は次第に、警官の職務と、チョン・チョンを始めとするヤクザの兄弟分たちとの絆の間で揺れ動き、苦悩するようになっていた。そんなある日、ゴールドムーンの会長であるソクの交通事故死し、後継者争いが勃発する。ゴールドムーンは、ジェボム組、ジェイル組、北大門組の3つの組を統合し、企業化した犯罪組織であり、争いはソクの右腕だったジェボム組出身のイ・ジュングと、実質No.2である元北大門組組長のチョン・チョンとの一騎打ちと目される。カン課長はジャソンの情報を元に、暗躍を始める。カン課長との取引を断ったチョン・チョンはハッカーを使い、シヌと弟分のソンムが警察官であることを突き止め、ソンムをジャソンの前で殺す。シヌはジャソンが撃ち殺した。逮捕されたイ・ジュングはカン課長の計略により暴走し、部下を使ってチョン・チョンを襲撃し瀕死の傷を負わせる。襲撃の最中ジャソンの息子を身ごもっていた恋人のジュギョンが流産してしまう。ジャソンはカン課長からチョン・チョンがジャソンが潜入捜査官であることを知っていると告げられ、元ジェイル組組長チャン・スギと組みゴールドムーンを影から支配することを命令される。チョン・チョンの死の間際、己の命が危なくなろうと自分を兄弟として守ってくれたチョン・チョンとの絆を実感するジャソン。ヤクザとしての人生を選んだジャソンは、己の出自を知るカン課長、コ局長、邪魔者のイ・ジュング、チャン・スギを殺し、会長に就任する。会長席で煙草を吸いながらジャソンは、カン課長との出会い、そしてチョン・チョンと出会った頃のことを一人回想するのだった。 

*5:ch.15 1:45:43